先日、仕事で参加した映画のイベントで、ハリウッドから映画プロデューサーがきました。
新作映画の見どころを英語でスピーチされていたのですが、聴衆の大半が日本人だったこともあって、私でも内容が8割くらいはわかるスピーチでした(それでも8割かよ、とも言いますが)。
このとき、「あの3年間、英語学習をやってきて良かったなぁ〜」と思いました。
ただ、その一方で、その場には通訳の方がいたので、そちらの方がよっぽどわかりやすくて、「別に必死に英語をやらなくても良かったんじゃないかなぁ・・・」とも感じたのです。
その理由を記事にしてみました。
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周囲の声にまどわされて英語学習をスタート
6年前、私がTOEIC900点を目指して英語を学習しようと思い立った一番の理由は、「今のままだと、将来自分の仕事がなくなるかもしれない。」という危機感でした。
ただ、いま冷静に考えると、「時代に流されていた」ともいえます。
当時読みあさっていたビジネス書の多くに、「これからは英語くらい話せなければ生き残れない。」という意味合いのメッセージがたくさん書かれていたからです。
英会話スクールも乱立していましたし、ビジネス系の雑誌でも「英語サバイバルの時代」などといった特集が組まれていました。
私が学生の頃は、「英語が話せる人は一歩リードできる」という認識でしたが、社会人になると、「英語を話せないと取り残される」という認識に切り替わったのです。
仮に英語が話せないばっかりに、私の仕事がなくなってしまったら、家族を守ることができません。
そう考えると、危機感が高まったのですね。
人間の「英会話ができる」というスキルが機械に代替される未来
少し話は変わりますが、先日、家族でiPhoneのSiriを使って遊んでいました。
(受け答えがおもしろい回答があるのですよね・笑)
そこで気づいたのですが、Siriの日本語の音声認識能力が、以前とは比べ物にならないくらいに向上しているのですよね。
普段は使っていないので気づきませんでしたが・・・。
これはもう、音声を認識して、日本語を英語に自動翻訳される日も遠くないでしょう。
少なくとも、5年も10年もかかることはないはずです。
このような体験をするにつれて、「今から必死に英語を学んでも、それほどメリットはないよな・・・」と思うようになっています。
普段から英語を使って仕事をする人なら、該当しないとは思いますが、普段の仕事で英語を使わない人なら、もっと優先するべき学習があるはずです。
私も、「英語を学習した3年間、コーチングを実践していれば良かったかも・・・」と思わないこともないです。(^_^;)
英語などの語学だけでなく、人間でなくてもできる仕事は、AIや機械に取って代わられるというのは、ここ数年でよく耳にする話です。
高度な専門分野でない限り、たとえば海外旅行で必要な程度の英語であれば、スマホ1台で対応可能になることは容易に想像できます。
それだけに、機械にはできないことや、マニュアル化できないことの価値が相対的にあがるはずです。
いま学ぶべき分野はあなたの将来に通じているのか?
息子の受験を見ていても思うのですが、正直なところ、もう知識を一生懸命に詰め込むことの価値はあまりありません。
むしろ、受験の効用は、選択と集中のバランスを考えたり、大きなプロジェクトをなしとげるためのスケジューリングの方法を学ぶところだと感じています。
実際、息子が受験で回答した問題の多くは、Googleで検索すれば答えがわかるものが多いです。
よく言われるように、その情報を収集するよりも、得られた情報を使って何をするのかが重要な時代になっているのだと思います。
それには、以前の記事にも書きましたが、同じインプットをしても、ほかの人とは異なるアウトプットを生み出せるかどうか、です。
また、解釈を変えたり、加工して、新しい価値を生み出せるかといったことも大事です。
その人なりの差別化をはかっていくことも欠かせません。
そのようなトレーニングを積んだ人から、自分がのぞむ仕事で収入を得られるようになっていくのではないでしょうか。
そのためにも、日常のインプット、スループット、アウトプットを積み重ねていくべきだと思います。
たとえば、私が勤務先から「来月から英語圏に転勤してね」ということになったら、その場合の最重要学習項目は英語になるでしょう。
何をお伝えしたいのかというと、要は、
・英語や中国語などの語学であっても、
・ITやプログラミングでも、
・会計や統計学でも、
・公認会計士やMBAなどの資格でも、
現在、そして未来の自分にとって、実際に役に立つ可能性があるのかどうか、ということを判断することは重要です。
もちろん、その学習が好きで、かつ興味関心のある分野であれば最高ですね。
もし、その視点が抜け落ちたまま学習してしまうと、私の英語のように「決して役に立たないわけではないけれど、より有効な学習分野があった」という手痛い損失を生んでしまうでしょう。
いま取りくむべき学習が、本当に今のもので良いのか、じっくり考えてみましょう。
学習はあくまで手段であって、目的ではないことを忘れないようにしましょう。
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■編集後記
昨日は、フルマラソン前の調整ラン。
ただ、妻の体調が思わしくなかったので、ランのあとに買い物をして私が夕食をつくって・・・とはならず、、、いろいろと間に合わせで夕食をつくりました。
キャベツさえうまく盛りつけられず、我が家のキッチンにキャベツが散乱するという「キャベツリスク」が発生していました。(笑)
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